レインコートやアウトドア用品でなじみのある「撥水加工」。この撥水加工の正体である「フッ素」は、それはそれは化学者泣かせの物質だったことをご存じだろうか。
今回は、「え、そこまでして!?」と言いたいくらいの、命をかけた化学おじさんたちがいたことをご紹介する。
化学おじさん総出で約100年かかった―伝説の物質「フッ素」―

歯磨き粉やフライパンでなじみのあるフッ素。撥水加工で水をはじくのは、この「フッ素」が関係していた。
フッ素は、反応性が「最強レベル」と言いたくなる物質だ。簡単にいえば、「何かとくっついていないと落ち着かないやつ」だ。
それゆえ、地球上に「フッ素」だけ(単体)で存在することは、ほぼない。彼らは常に何かと一緒にくっついている。(フッ素が何かとくっついた状態は、フッ素化合物という)
だが、そんな彼らを単体にしようものなら、命の保障はない。
「何かとくっついている状態では安定している」のに、単体のフッ素(F₂)は、とんでもなく暴れ馬なのだ。
彼ら(フッ素)は、そんな化学おじさんたちを約100年翻弄し、次々と倒していった。
「フッ素」VS化学おじさんたち「フッ素、単離できません!」
フッ素の特徴であり困ったところは、とにかくいろんなものに強烈にくっつく(反応する)ことだ。
その結果がこちら…
反応強すぎ…いつもの実験器具が使えない?!
フッ素は様々な物質に強烈にくっついてしまうため、化学おじさんたちの実験器具にまで反応してしまい、器具が使い物にならないだけでなく、自分の身も危険に冒された。
貴金属にも反応するし、ガラスにも反応する。そのため、いつもの実験器具が使えない。器具の材質から考えなければならなかった。

何を使って実験したらいいんですか!!実験ができません!…ぼ、ぼくのメガネまでなんか反応してきてる…?!
毒性強すぎ…化学者倒れる
当時の実験では、フッ素を取り出すために使う物質そのものが、強い毒性や腐食性を持っていたようだ。

もう…体がもちません!…(バタッ!!!)
史料で確認できる、フッ素単離に挑んだ化学おじさんたち
・ テナールおじさん(フランス):呼吸器障害
・ ニクルズおじさん(フランス):フッ化水素の影響で死亡
・ デービーおじさん(イギリス):目と爪の負傷
・ノックスおじさん兄弟(アイルランド):兄弟ともフッ化水素酸中毒
・ルイエおじさん(ベルギー):フッ化水素の影響で死亡
・アンリおじさん(フランス):研究中に何度も中毒・健康被害
他にも多数
実験装置が…爆発する!

これでは実験ができません!!(BOOOOMB!!!)
被害にあったのはイギリスのゴアおじさん。少量のフッ素を取り出したもののすぐに水素と結合して、爆発した。
そんな長い戦いの末、終止符を打ったおじさんが現れた。
フランスのアンリおじさん、ついにフッ素単離に成功
フェルディナン・フレデリック・アンリ・モアッサン(長いのでアンリおじさんとよぶ)。
フッ素の存在が知られるようになってから約100年後、とうとうアンリおじさんがフッ素の単離に成功した。
彼は、とにかくフッ素が他と反応しないようにと、装置に工夫を凝らしたそうだ。
英国王立化学会「フッ素の発見」を見てみると、アンリおじさんはすごく優しそうなおじさんに見える。
掲載写真も、研究室での作業の様子らしいが、完全にカレーを作っているシェフのようだ。(著作権の関係で、写真は載せられないので筆者が描いてみた。記事末尾にある参考URLから写真は確認できる)でも、微妙に薬品と距離をとっている気もする。

こんな人が、命をかえりみずに…。
化学にほれ込んでしまったおじさんたちに、感謝しなければ。
後にアンリおじさんはノーベル賞を受賞したが、ここに至るまでに、さまざまな化学おじさんたちがリレーをつないできた結果ともいえるだろう。
アンリおじさんは、他にも高温の電気炉をつくって、クロム、マンガン、チタン、ウランなどなど…商業的に重要な新化合物をたくさん作ったそうだ。もう魔法使いにしか見えない。
「フッ素=危険」ではない

今のストーリーを読むと、
「え!服に加工して大丈夫?!」「歯磨き粉を口に入れて大丈夫?! 」
と、心配になってしまうかもしれない。
そんな大慌てのみんな、まず落ち着いてほしい。
ここで大事なのは、「フッ素」という言葉だけで危険性を判断しないことだ。
歯磨き粉やフライパンに使われているものも、今回のお話に出てきた「単体のフッ素」とは別物だ。
同じ「フッ素」という言葉がついていても、何と結びついているか、どんな物質として使われているかで、性質も用途もまったく違う。
フッ素化合物の一部「PFAS」問題
PFAS…“自然界でも長い期間分解されない(Forever Chemicals / 永遠の化学物質)”と呼ばれている一部の有機フッ素化合物のこと。これが今世界で問題視されている。
PFASとは、有機フッ素化合物の総称であり、撥水・撥油性、耐熱性などの特徴から、繊維や紙などの表面処理剤にも利用されてきました。
@環境省「有機フッ素化合物(PFAS)について」より
現在、撥水加工によく使われていた特定のフッ素化合物(PFAS)は、製造や使用が禁止・規制されている。
というのも先に説明した通り、フッ素を含む化合物の中には、非常に強い結合(炭素とフッ素のC-F結合など)によって、環境中で分解されにくいものがあるからだ。これが、環境や人体への影響が懸念されている。
PFAS問題が出てきてから、アウトドアブランド(パタゴニアなど)をはじめ、多くのブランドがフッ素系撥水剤を使用しない方向へ移行している。
海外生地を使う人は、ちょっとだけ気にしてみよう

現在日本では、特定のPFASについて、製造・使用・輸入などが規制されている。
もし撥水加工生地を海外から購入する場合は、メーカーの素材情報や加工表示を確認してみると安心だ。
注意してほしいのは、「撥水=PFAS」という意味ではないし、撥水加工された生地がすべて問題というわけではない。
ただ、「この水をはじく機能、いったい何で作っているんだろう?」と一度考えてみる。それだけでも、素材を見る目がちょっと変わるかもしれない。
そして撥水加工生地や、テフロン押さえを使うとき、フッ素と化学おじさんたちのことを思い出してみると、なんかちょっと、感謝したくなる。
関連記事はこちら

参考資料・URL
・Royal Society of Chemistry(英国王立化学会):フッ素の発見
・国立国会図書館デジタルコレクション フッ素推測と発見、単離をめぐる人々 丹羽源 男
・Chem-Station「フッ素 Fluorine ― 水をはじく?歯磨き粉や樹脂への応用」
・長瀬ランダウア株式会社「元素とその放射性核種/〔その11〕フッ素」
・パタゴニア-PFAS不使用で製造-
挿入イラスト掲載元

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